漢の元年秦を亡ぼして首都咸陽に一番乗りした劉邦は、覇上（覇水のほとり）に戻って諸侯の到著を待っていた。一足おくれて鴻門（陜西省臨童県の東）へ進(jìn)駐した項(xiàng)羽は、劉邦がすでに秦の財(cái)寶を獨(dú)占したとの密告をきき、?よし、明日攻撃だ?といきり立った。項(xiàng)羽の軍は四十萬、劉邦の軍は十萬だった。競(jìng)爭(zhēng)者の劉邦を亡ぼす絶好の機(jī)會(huì)と見て、謀將の范増は項(xiàng)羽に説いた――

　　「財(cái)寶と女の好きな劉邦が、関中に入って身をつつしんでいるのは野心があるからです。

　　逃がさぬよう不意をお沖きなさい。」

　　ところが項(xiàng)羽の叔父の項(xiàng)伯がひそかにこの計(jì)畫を自分の親しい劉邦の客分の張良にもらした。劉邦は項(xiàng)伯にとりなしをたのんだ。項(xiàng)伯は項(xiàng)羽の怒りをなだめ、一応攻撃を中止させた。翌朝、劉邦はわざと少人數(shù)で項(xiàng)羽を訪れた。こうして有名な鴻門の會(huì)となったのである――

　　一番乗りの無禮をわびる劉邦の言葉をきいて、項(xiàng)羽の気持は大分やわらいでいた。

　　宴席の途中で、范増はしきりに項(xiàng)羽に眼配せし、腰の玉ケツをあげて早く切るよう合図したが、項(xiàng)羽は応ずる気配がない。

　　たまりかねた范増は項(xiàng)羽の従弟の項(xiàng)荘を呼んで剣舞にかこつけ、途中で劉邦を切るよう命じた。

　　項(xiàng)荘が項(xiàng)羽の許しを得て舞いはじめた。項(xiàng)伯はこれを見て只事ならずと気付き、彼も并んで舞いはじめた。項(xiàng)荘が切ろうとしても、項(xiàng)伯が巧みに立ちはだかって切らせないのだ。

　　張良は危機(jī)せまると見て、席を立ち樊カイを呼んだ。樊カイは殿危うしときいて楯で衛(wèi)兵をつき倒し、帷をかき上げて仁王立ちにつっ立ち、ぐっと項(xiàng)羽をにらんだ。頭髪逆立ち、まなじりことごとく裂けるすさまじさであった。

　　項(xiàng)羽はぎくりとして身構(gòu)えた。

　　「あれはだれだ？」

　　「供の樊カイです。」

　　張良が答えた。

　　「ウム、なかなかの壯士だ。酒をやれ。」

　　樊カイは立ったまま大杯の酒を飲みほした。項(xiàng)羽はまた肉をやるように命じた。その肉はしかし生の豚肉だった。だが樊カイは平然として楯を俎代りにして切り、ムシャムシャ食った。

　　「もっと飲むか？」

　　項(xiàng)羽は言った。樊カイはそこで劉邦の処置を弁護(hù)し、項(xiàng)羽は小人ばらの言を信じて功労者の劉邦を切るのかと迫った。

　　座が白けた。やがて劉邦は樊カイを呼んで厠に立った。このとき危機(jī)は去っていたのである。劉邦はあたふたと間道伝いに覇上へ逃げたのだった。最大の危機(jī)を切抜けたのだ。あとに殘った張良は、劉邦と示し合わせておいた通り、劉邦が覇上へ著いた頃を見計(jì)らい、宴席に入り、劉邦からの贈(zèng)物――項(xiàng)羽には白璧一対、范増には柄付の酒器一対を獻(xiàn)じて無禮をわびた。

　　贈(zèng)物をみて范増は砂を噛む思いであった。さっと剣を抜いてそれを突きくだき、

　　「ああ、豎子與に謀るに足らず、項(xiàng)王の天下を奪うものは沛公(劉邦)であろう。」

　　と言って嘆じた。

　　豎子云々――こんな小僧っ子(罵語)は相談相手にならぬ――は項(xiàng)羽を罵ったもの、項(xiàng)荘を罵ったもの、との二説があるが、いまは詮議しないでおく。

　　「豎子」の語は?左伝?に見える。

　　また「豎子の名を成す」

　　「豎子教うべし」

　　という語もある。